出身者 – 飛騨日日新聞 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi 飛騨日日新聞は白川村での暮らしや文化、 そこに生きる村民のストーリーを届けるメディアです。 Tue, 10 Oct 2023 11:21:45 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.4.4 【座談会/移住ってどう?】“二十歳を祝う会”とUターン https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/ijyuttedou06/ Sat, 07 Oct 2023 06:51:26 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=4438 移住に関するさまざまなテーマのトークをお届けする「移住ってどう?」。今回は、白川村で育った村民の二十歳を祝う「二十歳を祝う会」の開催直前に、その企画・運営を担う実行委員会のメンバーであり、数年前に村にUターンした3人にお話を聞きしました!

石田聖也さん

白川村稗田地区出身。大学時代を岐阜県大垣市で過ごし、2020年にUターン。「合掌造り民家園」で働く。

大野日茉梨(ひまり)さん

白川村保木脇地区出身。大学卒業後、名古屋市で働いたのち、2022年にUターン。実家の土木事業所と、アルバイトとして旅館で働く。

大溝 琴さん

白川村飯島地区出身。大学卒業後、2023年にUターン。実家の土産物卸会社と、アルバイトとして土産物屋で働く。

豪雪地帯である白川村では毎年、村外に住む村出身者が帰省しやすいお盆に、「二十歳を祝う会」が行われます。3人はその企画・運営を担う「二十歳を祝う会」の実行委員会のメンバーです。みなさんはなぜ、実行委員会に参加しようと思ったのでしょう?

石田 僕は青年団に入っているのですが、他の団員から誘われて参加しました。自分自身、成人式で祝ってもらってとても感動したので、次の世代にも伝えたいと思って。

大野 村の広報で「二十歳を祝う会」の実行委員会の募集を知って、同級生の琴さんを誘って参加を決めました。私たちの代は大雨で式典が中止になってしまったんですけれど、記念品として恩師の先生が出演したDVDをいただいたのがとても嬉しくて。後輩にも同じように喜んでほしいなと思いました。

大溝 私も自分の時は式に参加できなかったからこそ、関わってみたいと思いました。白川村の成人式は、今はこうやってみんなで作り上げるものになっていますが、昔はそうではなかったそうで、父が成人式の運営に携わったころにやり方をいろいろと変えていったそうです。そんな話を聞いていたのも、参加したいと思ったきっかけの一つですね。

実行委員会ではどんなことをしていますか?

石田 7月初旬から1〜2週間に一度集まって、企画の検討や、当日の進行の確認をしています。

大溝 毎年村民やゆかりのある方の写真を100枚くらい集めるんです。実行委員会みんなで手分けして撮影していますね。

大野 お祝いの品や、式典で振る舞う軽食の内容も考えます。結旨豚(ゆいうまぶた)や白川村で採れた野菜、村のお店のベーグルやチーズケーキを考えています。あとは当日企画しているクイズのために、二十歳のみんなにアンケートを取ったりもしていますね。

当日はどんな役割があるのでしょうか?

大溝 仕事がある実行委員会のメンバーもいるので、参加できる人で式を運営します。

大野 私と琴さんはクイズ企画で司会をします。緊張しますが、私たちも楽しみです!

今年の二十歳を迎える村民は全員村外から集まるそうですね。みなさんも一度は村外に出てUターンされたそうですが、昔から村に戻ることを考えていましたか?

大溝 私は昔から実家の土産物の卸売会社「笑顔屋」を継ぎたいと思っていたので、2023年春に大学を卒業して戻ってきました。

石田 僕は大垣市で大学時代を過ごしていましたが、やっぱり地元が住みやすく感じたので、卒業した2020年に戻ってきました。

同級生でUターンしている方はあまりいないのでしょうか?

石田 そうですね。25人中4人くらいです。

大溝 私たちの代も同じくらいです。村の人からも「帰ってきたんだね!」とよく驚かれます。

大野 私は2022年に戻りましたが、元々は村に戻ることは考えていなかったです。村外にいる同級生は、白川村は仕事が少ない、都会と比べたら刺激がない、と思っている子が多い気がします。

大溝 でも最近は、若い人がお店や宿を始めていて、私はすごく刺激を受けているし、白川村での暮らしがとても楽しいです。だからこそ、白川村の暮らしの魅力をもっと知ってほしくて、村出身の人や、村の仕事や暮らしに興味がある人が交流できるイベントを日茉梨さんと一緒に計画しています。

大野 Uターンした私たちが伝えるからこそ、意味があるんじゃないかと思っています。

石田 観光客も、合掌造り集落をさっと見るだけの人が多いけれど、もっと村の行事などを通じて村民と観光客が関われるといいですね。この実行委員会にも移住者の人が参加してくれていますが、移住者と元々の村民で協力しながら、一緒に村を盛り上げられればと思います。

2023年8月14日、実行委員会の尽力が実り「二十歳を祝う会」は無事に開催されました。今年二十歳を迎えた方々の中から、今後村に戻って実行委員会に関わる人が現れ、さらに次の世代へと受け継がれていくといいですね。

今回の会場

旧平瀬小学校を活用した施設、白川村南部地区文化会館(NBK)。会議などに使えるラウンジや学習室に、図書室、調理室、トレーニングルーム、音楽室などがあります。

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【白川村求人図鑑】白山タクシー https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/hakusan-taxi/ Thu, 25 May 2023 05:17:15 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=3349 白川村にはどんな仕事や働き方があるんだろう?「白川村求人図鑑」では村内のさまざまな企業や仕事を紹介します!

白川村の主な交通手段は自動車。けれども中には、車を運転できない村民がいたり、公共交通機関で村を訪れる観光客も多くいます。

そんな人々が頼りにしているのが「白山(はくさん)タクシー」さんです。

事務所があるのは白川村南部の平瀬地区。今回は、代表を務める小川晋一さんにお話を伺いました!

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1948年に小川さんの親戚の方が創業した、白山タクシーさん。その事業は「タクシー業務」と「バス業務」の大きく2つに分けられます。

電話で予約が入ったらお客様の元へと向かい、目的地まで送り届けるタクシー業務。まちなかを走る流しのタクシーとは異なり、予約が入るまでは事務所で待機するスタイルです。

観光客はもちろん、免許を返納している年配の方や、お酒を飲んで運転手がいない時など、村民にも利用されています。

1996年から始まったバス業務では、貸切バスと保育園バスの運行を行っています。

部活動の送迎や、団体ツアーを企画する旅行会社に利用される貸切バス。村民や個人の観光客が大人数で村内外を巡る時など、会社や団体だけでなく、一般の方でも活用できます。

保育園バスは、2022年に村内の2つの保育園が統合されたことにより運行を開始。白川保育園と南部地区文化会館(NBK)の間を走り、毎朝子どもたちを見守りながら送り届けます。

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最近はコロナの影響が落ち着き、外出や旅行に出かける機会も増え、タクシーやバスを利用する観光客や村民が急増していることから、白山タクシーさんでは乗務員、事務員を募集しています。

乗務員の仕事はもちろん、タクシーとバスのドライバー。出勤はシフト制なので、今日はタクシー、明日は保育園バス…と、日によって異なる車を運転し、保育園児から外国人観光客までいろいろなお客様に対応します。勤務時間は、朝7時〜夜10時のうち8時間です。

現在働いている乗務員さんは、高山市や郡上市など村外の方が多いそうですが、もちろん村内の方も大歓迎です!

「村内はもちろんだけど、高山市や富山県、石川県の方にも行くことも多いです。いろんな土地の人と話したり、遠くまで行くことが好きな人には楽しい仕事じゃないかな」と小川さん。

必要な資格は、第二種運転免許。法廷で義務付けられた20時間の研修を受けてから乗務員となるので、これまでドライバーの経験がない方でも問題ないそう。

一方、会社を縁の下を支える事務員が担うのは、事務業務全般。

パソコンを使った入力作業や、伝票整理、配車手配、銀行手続き、電話対応などを行います。こちらも、はじめのうちは先輩社員に仕事を教わりながら覚えるので、事務職の経験がない方でも安心です。

乗務員は正社員、事務員はパート(正社員登用あり)を募集中。男女ともに歓迎ということです。最近は、女性のタクシードライバーも増えてきましたよね。

世界遺産・白川郷の交通を支える白山タクシーさんのお仕事。世界中から訪れる観光客との出会いや、日本の原風景を日々眺められることも大きな魅力です。

運転が好きな方はもちろん、コミュニケーションを取ることが好きな方や、四季を感じながら仕事をしたい方にもやりがいや楽しさを感じられる仕事ではないでしょうか。

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「白山タクシー」では新たな仲間を募集中!興味のある方はぜひご応募してみてくださいね。

①乗務員

【仕事内容】タクシー乗務、観光バス乗務、路線バス乗務

【雇用形態】正社員(3カ月の試用期間)

【給与】200,000円

【勤務時間】7:00~ 22:00の間の8時間(時間外労働月平均5時間)

【必要な免許・資格】普通自動車第2種免許、大型自動車第2種免許

【備考】交通費・時間外勤務・乗務手当・無事故手当・精勤手当支給

②事務員

【仕事内容】一般事務業務全般(パソコン操作、伝票整理、銀行業務、電話対応、配車手配、来客対応)、その他付随する業務全般

【雇用形態】パートタイム(正社員登用あり)(試用期間なし)

【給与】時給1,000円

【勤務時間】平日9:00~17:00

【備考】交通費・時間外勤務支給

【応募・問合わせ】興味のある方は下記までお問い合わせください。
白山タクシー
〒501-5507 岐阜県大野郡白川村平瀬303-44
TEL:05769-5-2341(担当:小川)

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白山タクシー

住所/岐阜県大野郡白川村平瀬303-44

TEL/05769-5-2341

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【対談/移住ってどう?】家業と地域・子育て https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/ijyuttedou04/ Sat, 08 Apr 2023 02:38:25 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=3103 移住に関するさまざまなテーマで対談する「移住ってどう?」。今回は、白川村で家業の旅館を営みながら、2児の父親として子育てにも奮闘する三輪さん、谷口さんにお話を伺いました。

三輪 了(みわ さとる)さん

愛知県出身。高山市に住んでいた時に、白川村の「城山館」(現在改修中。2023年4月中旬再開予定)が実家であるゆきさんと出会い、結婚を機に移住。若旦那を務める。2児の父。

谷口 暁良(たにぐち あきら)さん

白川村出身。調理の専門学校を卒業後、愛知県のいくつもの飲食店で腕を磨いた後、2020年にUターン。実家の「お宿 湯の里」を継ぐ。2児の父。

白川村に住むに至った経緯を教えてください。

谷口:白川村出身で、愛知県のいくつかの飲食店で働いた後、白川村に2020年に戻って「お宿 湯の里」を引き継ぎました。今は妻と両親、子ども2人と暮らしています。

三輪:愛知県出身で、23歳から高山市で働いていたのですが、ある会合で今の奥さんに一目惚れして、結婚しました。現在は義実家の旅館「城山館」で若旦那として働いています。奥さんや子ども2人、義父母、奥さんの兄弟など合わせて10人で暮らしています。

三輪さんは大家族なんですね!お二人は家業を継いでいますが、引き継ぐにあたって何か想いはあったでしょうか?

谷口:兄が早くから違う道に進んだので、自然と旅館を継ぐ意識は持っていました。動物が好きだったり、他にも興味を持つことはありましたが、最近は旅館で「ペットと泊まれる部屋」を始めたり、料理以外の願望も、この仕事をしながら実現できていると感じていますね。

三輪:当初は結婚後、高山市で暮らす予定だったので旅館を継ぐつもりはなかったんです。けれども、周りから家業を続ける大切さを聞いて、腹をくくって旅館を継ぐことに決めました。

谷口:僕は料理以外の経験はあまりないから、了くんにはいろいろ相談しています。家族経営の旅館は村内でも少ないから力を合わせてやっていきたいね。城山館はいま改装中だから、了くんにはうちの旅館を一時期手伝ってもらったりもしていました。

三輪:そうなんです。湯の里さんは自分が働いていたのもあって、半分自分の家みたいになっていますね。(笑)

旅館を営みながらの子育てはいかがでしょう?

三輪:会社勤めの頃と比べると、一緒に過ごせる時間はすごく長い。それと、僕の住む荻町は子どもと歩くにはすごくいい環境です。世界遺産や食べ歩きできる飲食店がすぐそこにあって、もちろん山や川も近い。

谷口:僕の住む平瀬も、夏は川、冬は雪と、子どもが遊ぶのにいい場所。平瀬は地域全体が親戚みたいで、近所のおじいさん、おばあさんも孫のようにうちの子どもを可愛がってくれます。高山市や愛知県でも暮らしてきましたが、人と人との距離感が全く違いますよね。自分もここで生まれ育ってきたのもあって、子育てするならこういう環境がいいなと思いました。

三輪:村民はもちろん、観光客との触れ合いもあって、楽しいですよ。ただ、家が職場で仕事をしながら子育てもしなければならないので、大変な時もあります。

谷口:それと、ぼくたちは旅館業をやっているから子どももお客さんとかいろいろな人と関わるけど、ほとんどの白川村の子は限られた人としか付き合いがないから、高校に進学して初めて村を出た時に人間関係に苦労するという話も聞くね。白川郷学園や保育園でフォローしてもらえるといいなと思う。

村ならではの人付き合いが、子どもの成長にも強く影響しますね。お二人自身の地域の関わりはいかがでしょう?

三輪:僕は消防団に入っています。元々村民ではないので、村を歩くと「誰だろう?」と思われることも多くて。消防団に入ってからは、村の方に覚えてもらえるようになりました。

谷口:僕も消防団に入って、地域の皆さんに「村に帰ってきたんだね」と知ってもらえました。地域のコミュニティに繋がる場だなと思います。

三輪:荻町は毎月の「寄り合い」のほかに「税金寄り合い」という集まりもあります。世帯で一人出席が必要で、今は義父が出ていますが、ゆくゆくは自分になるかな。

谷口:そんなに集まりがあるんだね!平瀬は頻繁に集まる機会はないから、地域を盛り上げるために何かやりたいなと考えています。

お二人はそれぞれ、村外で働いた経験がありながら、現在は白川村に根を下ろして生活されています。そんなお二人から見て、今後、白川村で移住者を増やしていくには何が必要だと考えていますか?

谷口:白川村は合掌造りとか、保守的だからこそ守られてきた部分もあるけど、これからは新しい人も受け入れて、切磋琢磨することが大事だと思う。観光でも、暮らしの面でも、魅力ある地域になってほしいね。

三輪:あとはアパートとか、移住者が暮らす場所が整うといいよね。白川村で住みたい人を受け入れやすい環境になればと思いますね。

ー日々、旅館を営みながら多くの観光客を迎え入れているお二人。村外で暮らしてきた経験があるからこそ、白川村の魅力と課題の両面が見えているように感じました。お二人とも、ありがとうございました!

今回の対談会場

今回の対談会場は、谷口さんが営む白川村平瀬の旅館「お宿湯の里」。趣ある佇まいに、源泉掛け流しの平瀬温泉、地元の食材満載の郷土会席が楽しめる。旅館には珍しいペットと泊まれる客室も。

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【対談/移住ってどう?】移住者、若者との交流 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/ijyuttedou03/ Tue, 31 Jan 2023 10:38:58 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=2836 移住に関するさまざまなテーマで対談する「移住ってどう?」。今回は、長年白川村で暮らし、移住者や若者をあたたかく見守っ てくれる“村のおばあちゃん” の佐藤さん、蟻原さんに、白川村の特徴的な相互扶助の精神「結(ゆい)」をはじめ、村民同士の助け合いや交流についてお話を伺いました。

佐藤 直子(さとう なおこ)さん

白川村小白川地区で生まれ、結婚を機に白川村荻町へ。呉服屋を経て、現在は「喫茶さとう」を切り盛りする。愛称は「なおちゃん」。

蟻原 基子(ありはら もとこ)さん

白川村鳩谷地区で生まれ育つ。かつては看護師や薬種商として働き、現在は役場近くでゲストハウス「Ant Hut」(アントハット)を営む。愛称は「もっちゃん」。

お二人は普段から移住者や若い方と交流されていますが、何かきっかけはあったのでしょうか?

佐藤:地域おこし協力隊の制度が始まった頃、よく協力隊の子がうちに訪ねてくれて、関わりができたね。

蟻原:うちのゲストハウスに「白川郷トヨタ自然學校」の就職試験を受ける子たちが泊まってくれてね。その子達が村に就職してからも、遊びに来てくれるんやよ。

蟻原さんが営むゲストハウス「Ant Hut」(アントハット)

具体的にはどんな交流があるのでしょう?

佐藤:「喫茶さとう」でアルバイトしてもらったり、インターンで村に来た大学生が荻町の店で働いてたときは、仕事が終わってからみんなでうちで夕飯を食べたり、料理が好きな子には白川村の郷土料理を教えたりもしたよ。

佐藤さんが営む「喫茶さとう」

蟻原:一緒に山菜採りに行って山でご飯を食べたり、ゲストハウスで話したりしてね。何でもない世間話だけど、嬉しかったことや悲しかったことをいろいろ語りあったんや。

佐藤:他人を自宅にあげることに驚く人もいるけど、特別なことは何もしてない。食事も漬物とか豆腐ステーキとか、簡単なものを食べてくれたよ。

蟻原:無理をすると続かないから、いつも自分が食べているもので、おもてなししないとな。

白川村の人は親切な方が多いですが、お二人は特に移住した方や若い人をあたたかく迎えていますよね。何か思いや考えがあるのでしょうか?

佐藤:昔は村が今ほど裕福じゃなかったけど、もっと「結」が強かったの。そのおかげで今の暮らしがあるから、すごく感謝してる。だから、これからも結が続いてほしいし、新しく白川村に来てくれた人とも心を通わせて、助け合っていきたいと思ってるの。

蟻原:自分が知らない土地で一人ぼっちだと寂しいじゃない?だから、移住してきた人の心の拠り所になればと思ってね。

佐藤:ちょっと困った時に「あのおばあさんに話を聞いてもらおう」と思ってもらえるといいよね。信頼できる人が周りにたくさんいるほど、その土地への安心感や愛着が生まれると思うよ。

蟻原:移住の取組みも、行政だけでなくて地域を巻き込んでやらないとね。移住してきた人が関わるのは、結局、地域の人だからな。

佐藤:世界遺産に登録された頃、村で講演会があって、その中で「白川村は“ピーマン”にはならないように」って言われたの。合掌造りの外側を守るだけではなくて、中身が空洞にならないように、とお話されて、それがすごく印象に残ってる。

蟻原:“中身”というのが、白川村だと結の精神や、助け合うことなのかもしれないね。

佐藤:移住する人も、やっぱり結を大切にしてくれる人がいいね。甘えたり、頼りっぱなしではなくて、一人一人やれることは自分でやりながら、それが茅葺き屋根の茅のように束になって、助け合える関係にできたらいいなと思うんや。

蟻原:今はだんだん結が弱くなっているから、改めて村民も助け合う心を育てないとね。移住した人に“よう来てくれた”って気持ちを伝えていかないと、って思うよ。

そういった心を育てるにはどんな取組みが必要だと思いますか?

蟻原:村の未来について、みんなで腹を割って話せる場があればいいなと思う。同じ思いの人が集まって、そこに移住してきた人も加わって、自分事として村のことを考える人が増えていくと、すごくいい村になると思うよ。

佐藤:昔からの白川村の良いところを大切にしながら、いい考えは取り入れることができると、もっと住み心地がいい村になっていくんじゃないかなあ。

ー飛騨日日新聞編集部も日頃からお世話になっている「なおちゃん」と「もっちゃん」。お二人に持参していただいたお茶やお菓子をいただきながら、和やかな雰囲気で取材も進められました。そして、取材後はなおちゃんのご自宅にお邪魔して手作りの稲荷寿司やお漬物もごちそうになりました。お二人のような“村のおばあちゃん”の存在は、新たに白川村で暮らしを始める方にとっても、きっと心強いことでしょう。

今回の対談会場

今回、対談を行った会場は、飛騨日日新聞の拠点である白川村荻町の白川郷合掌文化館(旧松井家)。取材を行った11月の終わりは、ちょうど雪囲いが終わり冬の支度が整っていた。

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【対談/移住ってどう?】村の子育てと地域との関わり https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/ijyuttedou01/ Mon, 11 Jul 2022 21:00:00 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=1796 移住に関するさまざまなテーマで対談する「移住ってどう?」。今回は、子育て奮闘中で普段から仲が良い2人にお話を聞きました!

余語茉莉花(よごまりか)さん

白川村生まれ。2018年にUターン。現在は「おけさ民芸品店」「飛騨牛にぎり処 おけさ」で働く。2児の母。

上手敬子(かみでけいこ)さん

金沢市出身。結婚を機に白川村に移住。現在は「ふるさと味処 結の郷」で働く。2児の母。

まずは、移住のきっかけを教えてください!

上手:白川村出身の旦那さんとの結婚で移住しました。金沢市の飲食店で働いていた時にお客さんとして出会って、付き合い始めて。最初は結婚まで考えていなかったんですが、白川村に遊びに来るたびに「いつお嫁に来るの?」と周りからすごく聞かれましたね。でも、嫌な気はしなくて、むしろ歓迎ムードが嬉しくて、嫁ごうと思いました(笑)。

余語:私は白川村出身だけど、高校進学後は村外にいました。Uターンのきっかけは都会での子育てに限界を感じたから。2人子どもがいると1人が病気になってもなかなか病院に行けなかったり、公園の人の多さが気になったり…。それで自分が育ったような環境で育てたいなと考えたの。それと、これから世の中がどう変わっていくかも分からないから、自給自足というか、自分の力で生きられる子になってほしいと思って、当時住んでいた名古屋で自然に囲まれた幼稚園を探したんだけど、費用が高いし、園庭も狭くて…。

上手:全国色々探したんだよね。

余語:そう、北海道から九州まで調べたね。全国でいい場所を探していたら、実は白川村が条件にぴったりで!

上手:元々はUターンを考えていなかったのが面白いよね!

余語:本当に、灯台下暗しだったよね(笑)。それに知り合いも多くて安心できるのもあって、帰ることに決めました。あとは旦那さんは海外の友人が多くて、白川村だと世界遺産もあって、案内しがいがあるのもいいなと思って。

実際に、村での子育てはどうですか?

上手:村の人みんなが見守ってくれるのがすごくいい。自分の子どもじゃなくても悪いことをしたら叱ってくれる。子ども同士も学年関係なく仲がいいよね。

余語:前に「白川郷 どこにいっても ぼくの家」という川柳を作った人がいたけど、本当にその通りだなと思う。

上手:でも、村に親族がいない人は大変かも。保育園の預かり時間が短いし、延長保育や土曜保育の制度はあるけど、利用することがあまり一般的ではないよね。

余語:祖父母が世話できることが前提になっているかもね。子どもを預かる公的な制度が整っていけば、子育て世代も移住しやすいんじゃないかな。

上手:でも、移住した家族の子どもも、他の子と同じようになじんでいるのがほとんどだよね。

移住者はどうすれば地域になじめるでしょうか?

余語:いろんなコミュニティに顔を出すことかな。公的なものも仲間内の飲み会も、手を挙げれば断られることはないと思う。

上手:私たちが出会ったのもどぶろく祭だったよね。

余語:どぶろく祭には、村を出た人も大体帰ってくるよね。私も絶対に帰ってきてた。毎年本当に楽しみで、高揚感がすごいんだよね。最近は結(ゆい)の活動も簡素化しているから、村民がいちばん一致団結すると思う。この時は村の人もすごくオープンだからなじみやすいかも(笑)。

上手:良くも悪くも、白川村では人との繋がりが必須だなと思う。「自分たちだけで暮らしたい」という人は難しいかもね。私は移住してきて村民に「当たり前やさ」って言われることが普通じゃないよ、と思うことが多かったから、その「当たり前」を教えてくれる人がいるといいなと思う。

余語:移住者と元々の村民を繋いでくれるような人と、最初のうちに出会えるといいよね。

今後、白川村がどんな村になるといいと思いますか?

余語:村出身の人も、移住者もそれぞれの良さを生かせる希望が持てる村になるといいな。「この村から何か発信したい!」と思えるような。

上手:村外から人が来てくれる「面白そうな村」になってほしいね。やりたいことを応援してくれる村というか。

余語:でも、合掌造りとか結(ゆい)の心とか、白川村が大切にしてきたものを守ることも大事。「守りながら変える」ことができるといいね。

上手:村民で移住者に抵抗がある人もいるけど、昔ながらの良さを維持するためにも、村民と移住者が交流して、お互いに柔軟になっていけるといいね。

ー白川村出身者、移住者という違いはありながら、それぞれの立場や経験から、移住への考えや白川村への思いをたくさん語っていただきました。お二人とも、ありがとうございました!

***

【余語さんが働くお店】

おけさ民芸品店・飛騨牛にぎり処 おけさ

余語さんが働く「おけさ民芸品店」「飛騨牛にぎり処 おけさ」。「おけさ民芸品店」では、白川郷らしいお土産の品が豊富に揃います。テイクアウトのフードやドリンクがいただける「飛騨牛にぎり処 おけさ」では、飛騨牛にぎり、結旨豚(ゆいうまぶた)にぎり、飛騨牛軍艦の「飛騨の至福3種盛り」が人気。結旨豚にぎりを食べられるのは「飛騨牛にぎり処 おけさ」だけ!

飛騨の至福3種盛り(1,000円)

おけさ民芸品店・飛騨牛にぎり処 おけさ

住所/岐阜県大野郡白川村荻町103

営業時間/おけさ民芸品店 9:00〜17:00、飛騨牛にぎり処 おけさ 10:00〜16:00頃(なくなり次第終了)

定休日/不定休

Instagram/@okesa_shirakawago

【上手さんが働くお店】

ふるさと味処 結の郷

上手さんが働く「ふるさと味処 結の郷」。白川産米で作る自家製の焼きおむすび「ゆい結び」が名物。香ばしい醤油の香りが食欲をそそります。結旨豚やA5等級の飛騨牛の串焼き、飛騨牛乳使用のソフトクリームなど、白川郷の散策中にいただきたいグルメもたくさん!夏には冷たいドリンクもおすすめです。

ふるさと味処 結の郷

住所/岐阜県大野郡白川村荻町103

営業時間/9:30~16:00

定休日/不定休

WEBサイト/https://yuinosato.base.shop/

Instagram/@shirakawago__yuinosato


今回の対談会場

白川郷合掌文化館(旧松井家)。飛騨日日新聞の拠点である合掌造りの建物で、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、世界遺産にも登録されている白川村荻町にある。

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白川村での愛しい思い出を、次の世代へ。/下方大誠さん https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/shimokata_taisei/ Wed, 06 Jul 2022 09:42:02 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=1801

「いつかは白川村に戻りたい」と想いを抱いて。

2020年の年の瀬。白川村鳩谷地区出身の下方大誠(したかた たいせい)さんは約10年ぶりに白川村での暮らしをスタートしました。

中学卒業後は、所属していたバレー部での活動が評価され、岐阜市の高校へ進学。コンビニやスーパー、娯楽施設が近くにあり、何でも手に入る便利な暮らしは、当時15歳の下方さんには刺激的でした。

「もう少し街での生活を楽しみたい」と、高校卒業後は岐阜市の会社に就職。けれども、心にはいつも白川村の存在がありました。

「地元を離れてからも、長期休暇にはいつも村に帰っていました。いつも父が指導するバレー部のコーチ仲間たちがお酒の席に誘ってくれて、それが楽しくて」。

どぶろく祭の練習にも特別に参加させてもらい、お酒を振る舞ってもらったこともあったと言います。

あたたかく迎えてくれる故郷の人たちへ、いつか恩を返したい。そんな想いがだんだんと募り、社会人生活6年目の年に、白川村へ戻る決心をしました。

仕事も地域の活動も。大切にしたいものに積極的に取り組む。

Uターン後、下方さんは祖父が創業し、現在は叔父さんが経営する「有限会社 和田工業所」へ就職。

ホイールの研磨というこれまでに経験のない仕事を任されています。前職は営業職だったという下方さんにとって、手先の器用さや経験が求められる今の仕事は苦労も多いと言います。

それでもこの仕事を選んだのには理由がありました。

「他の仕事先からも声をかけてもらったんですが、祖父が創った会社を残したいという気持ちが昔からあって。まずは今任されている仕事を全うしながら、将来的には、今と形が変わったとしても継いでいきたいと思っています」。

そんなことを少し照れ臭そうに、けれども熱く語ります。

勤務先の有限会社 和田工業所の社屋

また、岐阜市にいた頃は仕事中心の生活でしたが、現在は地域の活動にも日々参加。

「青年会では成人式実行委員を務める予定です。自分たちも楽しませてもらっていい思い出になっているから、次は楽しませる番かな。次の世代にも喜んで欲しいですね」。

自身のバレー部での経験を生かし指導

さらに、白川郷学園のバレー部のコーチや、消防団員も務め、夏からは3年ぶりの開催が期待される伝統行事「どぶろく祭」の獅子舞の太鼓役の練習も始まります。

幼い頃から参加していた地域の伝統行事「どぶろく祭」の獅子舞

「昔から獅子が好きだったんです。Uターン前から次はお前だって言われていました」。

旧友や新たな仲間と共に 。

そんな下方さんの願いは、白川村で共に育った同級生たちが村に帰ってくること。

「地元を離れて初めて、村で育った同級生とは特別な関係だったんだと気付いたんです。今は村外にいる友人も“いつかは村へUターンしたい”、“子育ては白川村でしたい”という同級生も多いんですよ」。

そのためには仕事や住む場所の課題を解決しないと、と語ります。

「仕事がないからUターンできない、という話もよく聞くので、仕事の情報を積極的に発信してもらえるといいですよね。あとは、まちでは当たり前の働き方も白川村ではそうでなかったり、女性の正社員の働き口が少ないことも課題だと感じます。そういったことが少しづつ解決していけるといいなと思います」。

また昔からの関係だけでなく、村への移住者との新たな交流も生まれています。

「転勤で白川村に来ていた人は、よく近所の家の飲み会に参加してましたね。まちでの転勤だと、なかなかそういう関係はできないですよね」。

聞けば、その方は別の場所に異動になってからも、よく白川村に遊びに来てくれるそう。

「白川村に縁もゆかりもない移住者であっても、個人的には壁は感じていません。わざわざ白川村に移住する人は変わり者ですよね(笑)。でも、ありがたいことだと思います。出身者、移住者関係なく、一緒に村を盛り上げていきたいです」。

白川郷学園のバレー部の子どもたちと

白川村で過ごした愛しい日々を次の世代にも。下方さんの「恩返し」は始まったばかりです。


下方 大誠(したかた たいせい)さん

白川村鳩谷地区出身。中学校卒業後、岐阜市内の高校へ進学し、岐阜市で就職。2020年に白川村へUターン。現在は有限会社 和田工業所に勤務。

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【あの子、今どうしてる?】No.7福山大輔さん(トン・ガリアーノ 勝川店) https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/doushiteru-7/ Mon, 17 Jan 2022 09:39:05 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=1466 ヒダニチ編集部が白川村出身者の“今”を追う企画「あの子、今どうしてる?」。 村で生まれ育った子どもたちが、仕事や学業、スポーツなど、それぞれの道を歩む姿をお届けします。 第7回目はトン・ガリアーノ 勝川店でシェフを務める福山大輔さんです。

料理人を志すようになったきっかけを教えてください。

小さい頃から母の料理の手伝いが好きでした。明確なきっかけは、中学2年生の夏休みの海外研修です。ホームステイ先のホストマザーが作ってくれた平打ちの麺に手作りソースのパスタが本当においしくて、料理に興味を持ちました。その味は今でも鮮烈に覚えています。

白川村のどんなところに愛着を感じますか?

信頼できる同級生がいるところです。同級生って不思議なもので、どの時代の友人より繋がりや想いが強い気がします。そんな同級生がたくさんいるので村も今後更に盛り上がっていくと思います!

彼らの活躍は頼もしくもあり、羨ましくもあり、自分も負けないぞ!という気持ちにさせてくれます。

今後の目標を教えてください。

料理人を目指し始めてからずっと、飲食店として独立することが夢です。白川村は豊かな風土があるので、村の食材を使った料理ができたらいいなと思います。

おじいちゃんになっても好きなことで働き続けることが最大の目標です!

トン・ガリアーノ 勝川店

住所/愛知県春日井市松新町1丁目 ルネックビル41 2階

営業時間/火〜金17:30〜23:00、土日13:00〜23:00

定休日/月曜

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【あの子、今どうしてる?】No.6 水木大地さん(税理士法人NEXT) https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/doushiteru-6/ Mon, 15 Nov 2021 08:07:07 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=1425 ヒダニチ編集部が白川村出身者の“今”を追う企画「あの子、今どうしてる?」。 村で生まれ育った子どもたちが、仕事や学業、スポーツなど、それぞれの道を歩む姿をお届けします。 第6回目は税理士法人NEXTの水木大地(みずきだいち)さんです。 水木さんは1996年生まれ。立命館大学卒業後、税理士法人NEXTに入社し、現在は税理士を目指して日々奮闘しています。

いつから税理士を志すようになりましたか?

実はもともとは税理士を目指して大学に進学したわけではないんです。税理士はひたすら電卓を叩いてパソコンに向かっているイメージで…。でも、大学3年生のときの経営学部の授業で実際の税理士の役割や仕事内容を聞いて、経営的な視点や数字を通して人と向き合う仕事だということを知り興味が湧きました。大学時代は京都で過ごしましたが、卒業後は岐阜県に戻りたいと思っていて、今働いている岐阜市の税理士事務所を選びました。

仕事のやりがいはどんなところですか?

普段はいろんな会社に出向いて、税理士補助としてお客さんからの相談を受けています。それぞれの会社の経営者さんの会社経営に対する考え方を聞くと、その思想を通して自分自身の人生を考えることにつながり、人として成長できることがやりがいです!

白川村のどんなところに愛着を感じますか?

村の出身者はだれもが同じように言うかもしれませんが、やはり人と人との繋がりの深さが良いところだと思います!ちょうど先日も村に帰ったばかりなのですが、久しぶりでも帰省するとみんなが「おかえり」と迎えてくれて、家族のように温かいなと思います。

友人や同僚を白川村を案内するとしたらどこに連れていきたいですか?

白川村の恒例行事「どぶろく祭り」に連れて行きたいです。

今後の目標を教えてください

今はまだ税理士補助という立場ですが、試験に合格して税理士になることが一番の目標です!税理士の試験は1年に1度しかなく、合格のハードルがとても高いので、コツコツ頑張りたいと思います。そして、いつかは自分の税理士としてのノウハウを活かして、白川村の企業にも貢献できたら嬉しいです。

取材のこぼれ話

もともとは将来的に白川村に帰ることを具体的に考えていなかったという水木さん。しかし、最近は考え方が変わってきて、いつかは村に戻りたいと思うようになったそうです。「若い世代が帰れる村づくりについても考えていきたい」と村への思いを語ってくれました!

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【あの子、今どうしてる?】No.5 成原拓巳さん(岐阜聖徳学園大学) https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/doushiteru-5/ Mon, 21 Jun 2021 10:03:00 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=1271 ヒダニチ編集部が白川村出身者の“今”を追う企画「あの子、今どうしてる?」。 村で生まれ育った子どもたちが、仕事や学業、スポーツなど、それぞれの道を歩む姿をお届けします。 第5回目は岐阜聖徳学園大学1年生の成原拓巳(なりはらたくみ)さんです。 成原さんは体育の教師を目指して、日々勉強に励んでいます。
取材を行った岐阜聖徳学園大学羽島キャンパス

大学ではどんなことを学んでいますか?

岐阜聖徳学園大学教育学部体育専修に通っていて、体育の教師を目指しています。もともと人と関わることが大好きで、人と深く関わる仕事に就きたいという思いがありました。それから、自分は自分自身のためよりも誰かのために動く方が頑張れるタイプなので教師の道を選んだんです。教師は人との関わりのなかで自分自身も一緒に成長できる仕事だと思います。勉強は苦手なんですけどね(笑)。岐阜聖徳学園大学はみんなが本気で教師を目指しているレベルの高い集団なので勉強するにはとてもいい環境です。

体育の教師を志すようになったきっかけを教えてください。

高校生までずっとバレーボール一筋で過ごしてきました。特に高校時代は部活漬けの毎日で全国大会にも出場することができました。これまで選手として目標に向かって頑張ってきましたが、体育の教師になることで次は指導者としての立場で生徒と一緒に目標を目指していけたらいいなと思っています。

白川村の魅力はどんなところですか?

白川郷学園を最初の9年生として卒業して、高校進学とともに岐阜市内で一人暮らしを始めました。岐阜市でも白川村にいたときの癖で、道ですれ違う近所の方にあいさつをしていたんです。そうしたらちょっとびっくりした顔をされることもあって。村では自分の出身の地域以外でも、顔見知りなのであいさつをするのは当たり前でした。「結」という言葉があるけど、言葉があるから人と人が繋がっているのではなくて、人と人との繋がりが「結」という言葉を生んだんだなと感じています。人との繋がりが好きなところですね。

将来の夢や目標を教えてください。

教師としても、バレーの指導者としても、人としても、信頼してもらえるような人間力ある人になることが目標です。中学校時代のバレーボール部の顧問の先生は、何よりも生徒たちのことを思って行動する人でした。僕も人のために行動することを自然にできるような人になりたいと思っています。

取材のこぼれ話

とにかく「人間」が大好きだという成原さん。取材の移動中もすれ違う友人に声を掛けたり、あいさつをする姿が印象的でした。教師の道を選んだ理由の一つには中学校、高校時代にお世話になった先生への憧れもあるのだそう。人と人との距離が近い白川村で育ったからこそ、人との繋がりの大切さを感じているのかもしれません。

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【あの子、今どうしてる?】No.4 南昂佑さん(岐阜聖徳学園大学) https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/doushiteru-4/ Tue, 08 Jun 2021 10:03:45 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=1256 ヒダニチ編集部が白川村出身者の“今”を追う企画「あの子、今どうしてる?」。 村で生まれ育った子どもたちが、仕事や学業、スポーツなど、それぞれの道を歩む姿をお届けします。 第4回目は岐阜聖徳学園大学1年生の南昂佑(みなみこうすけ)さんです。 南さんは経営やメディアの勉強や新しく始めた趣味など、大学に入学してからは幅広く興味を広げ、キャンパスライフを楽しんでいます。
岐阜聖徳学園大学 羽島キャンパス Yawaragi Cafeにて

大学ではどんなことを学んでいますか?

岐阜聖徳学園大学経済情報学部で経済学を専攻しています。高校でプログラミングや情報について学んでいたのでそれを活かしたかったことと、様々なことを幅広く学べるのでこの学部を選びました。今はまだ入学して3ヶ月ほどなので、経営や経済の基本的なことを勉強しています。

大学に入るまではサッカー一筋だったそうですね。

はい。白川村にはサッカーチームがないので、中学生まではサッカーをしに高山まで通っていたんです。高校に進学するときも、サッカーがやりたくて岐阜市にある岐阜工業高校を選びました。高校のサッカー部では部長もやっていて、最後の高校サッカー選手権大会では準優勝することができました!

大学に入ってからも2ヶ月くらいはサッカー部に所属していましたが、今までサッカー一筋だったからこそ、大学ではもっといろんなことに挑戦してみたいと思って、今は部活には入っていません。

高校進学で白川村を離れる不安はなかったですか?

高校進学をきっかけに岐阜市で一人暮らしを始めました。白川村では当たり前に近所付き合いがあって、学校も人数が少ないのでみんな友達になれましたが、岐阜市は人が多くて付き合いも少ないので、最初は友達づくりに対して戸惑いがありました。白川村から岐阜市に進学した同級生が多かったので、村を離れてからも同級生に会えていたことは心強かったですね。

村外の友達に白川村を案内するとしたらどこに連れていきたいですか?

やっぱり合掌造り家屋は見せたいですね。それから、冬の時期に来てもらって雪遊びをしたいです!

今後の目標を教えてください。

白川村にはすごく愛着があるので、30代くらいになって生活が落ち着いてきたら村に戻りたいと思っています! まだ具体的に何をするのかは決めていませんが、今大学で学んでいることを生かして、白川村に貢献できるような仕事をするのが目標です。

取材のこぼれ話

高校生まではサッカー部の活動に専念していて、なかなか部活以外の時間が取れなかったという南さん。大学に入ってからは様々なことに好奇心旺盛に取り組んでおり、最近ではダンスも始めたのだとか。YouTubeを見ながら独学で練習をしているそうです。

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