村民 – 飛騨日日新聞 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi 飛騨日日新聞は白川村での暮らしや文化、 そこに生きる村民のストーリーを届けるメディアです。 Mon, 04 Dec 2023 09:59:36 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.4.4 【座談会/移住ってどう?】“二十歳を祝う会”とUターン https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/ijyuttedou06/ Sat, 07 Oct 2023 06:51:26 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=4438 移住に関するさまざまなテーマのトークをお届けする「移住ってどう?」。今回は、白川村で育った村民の二十歳を祝う「二十歳を祝う会」の開催直前に、その企画・運営を担う実行委員会のメンバーであり、数年前に村にUターンした3人にお話を聞きしました!

石田聖也さん

白川村稗田地区出身。大学時代を岐阜県大垣市で過ごし、2020年にUターン。「合掌造り民家園」で働く。

大野日茉梨(ひまり)さん

白川村保木脇地区出身。大学卒業後、名古屋市で働いたのち、2022年にUターン。実家の土木事業所と、アルバイトとして旅館で働く。

大溝 琴さん

白川村飯島地区出身。大学卒業後、2023年にUターン。実家の土産物卸会社と、アルバイトとして土産物屋で働く。

豪雪地帯である白川村では毎年、村外に住む村出身者が帰省しやすいお盆に、「二十歳を祝う会」が行われます。3人はその企画・運営を担う「二十歳を祝う会」の実行委員会のメンバーです。みなさんはなぜ、実行委員会に参加しようと思ったのでしょう?

石田 僕は青年団に入っているのですが、他の団員から誘われて参加しました。自分自身、成人式で祝ってもらってとても感動したので、次の世代にも伝えたいと思って。

大野 村の広報で「二十歳を祝う会」の実行委員会の募集を知って、同級生の琴さんを誘って参加を決めました。私たちの代は大雨で式典が中止になってしまったんですけれど、記念品として恩師の先生が出演したDVDをいただいたのがとても嬉しくて。後輩にも同じように喜んでほしいなと思いました。

大溝 私も自分の時は式に参加できなかったからこそ、関わってみたいと思いました。白川村の成人式は、今はこうやってみんなで作り上げるものになっていますが、昔はそうではなかったそうで、父が成人式の運営に携わったころにやり方をいろいろと変えていったそうです。そんな話を聞いていたのも、参加したいと思ったきっかけの一つですね。

実行委員会ではどんなことをしていますか?

石田 7月初旬から1〜2週間に一度集まって、企画の検討や、当日の進行の確認をしています。

大溝 毎年村民やゆかりのある方の写真を100枚くらい集めるんです。実行委員会みんなで手分けして撮影していますね。

大野 お祝いの品や、式典で振る舞う軽食の内容も考えます。結旨豚(ゆいうまぶた)や白川村で採れた野菜、村のお店のベーグルやチーズケーキを考えています。あとは当日企画しているクイズのために、二十歳のみんなにアンケートを取ったりもしていますね。

当日はどんな役割があるのでしょうか?

大溝 仕事がある実行委員会のメンバーもいるので、参加できる人で式を運営します。

大野 私と琴さんはクイズ企画で司会をします。緊張しますが、私たちも楽しみです!

今年の二十歳を迎える村民は全員村外から集まるそうですね。みなさんも一度は村外に出てUターンされたそうですが、昔から村に戻ることを考えていましたか?

大溝 私は昔から実家の土産物の卸売会社「笑顔屋」を継ぎたいと思っていたので、2023年春に大学を卒業して戻ってきました。

石田 僕は大垣市で大学時代を過ごしていましたが、やっぱり地元が住みやすく感じたので、卒業した2020年に戻ってきました。

同級生でUターンしている方はあまりいないのでしょうか?

石田 そうですね。25人中4人くらいです。

大溝 私たちの代も同じくらいです。村の人からも「帰ってきたんだね!」とよく驚かれます。

大野 私は2022年に戻りましたが、元々は村に戻ることは考えていなかったです。村外にいる同級生は、白川村は仕事が少ない、都会と比べたら刺激がない、と思っている子が多い気がします。

大溝 でも最近は、若い人がお店や宿を始めていて、私はすごく刺激を受けているし、白川村での暮らしがとても楽しいです。だからこそ、白川村の暮らしの魅力をもっと知ってほしくて、村出身の人や、村の仕事や暮らしに興味がある人が交流できるイベントを日茉梨さんと一緒に計画しています。

大野 Uターンした私たちが伝えるからこそ、意味があるんじゃないかと思っています。

石田 観光客も、合掌造り集落をさっと見るだけの人が多いけれど、もっと村の行事などを通じて村民と観光客が関われるといいですね。この実行委員会にも移住者の人が参加してくれていますが、移住者と元々の村民で協力しながら、一緒に村を盛り上げられればと思います。

2023年8月14日、実行委員会の尽力が実り「二十歳を祝う会」は無事に開催されました。今年二十歳を迎えた方々の中から、今後村に戻って実行委員会に関わる人が現れ、さらに次の世代へと受け継がれていくといいですね。

今回の会場

旧平瀬小学校を活用した施設、白川村南部地区文化会館(NBK)。会議などに使えるラウンジや学習室に、図書室、調理室、トレーニングルーム、音楽室などがあります。

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移住者交流会が開催されました! https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/ijusyakoryu202306/ Tue, 08 Aug 2023 04:18:55 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=3843 2023年6月末のある日、白川村の白川村総合文化交流施設で移住者交流会が開催されました!

移住者交流会は、白川村に最近移住してきた人などの村民同士の交流を目的に、白川村移住交流窓口が企画したイベント。

当日は会場の白川村総合文化交流施設に、生まれたばかりの移住者の赤ちゃんから、白川村に何十年も暮らすベテランの村民まで、32人が集まりました。

食事をしながら、ゆるやかな雰囲気で交流を深めてもらおうということで「白川郷 お食事処いろり」さんのオードブルも用意されました。とってもおいしそう!

そして白川村移住交流窓口のスタッフの挨拶で、移住者交流会がスタート!

それぞれのテーブルでは、「どんな理由で移住したの?」「今はどんなことをしている?」「白川村の暮らしはどう?」といった話題で会話が弾みます。

同じ時期に移住した人であっても、普段は仕事や家庭のことがあったり、住んでいる地域が違ったりするとなかなか知り合う機会がありません。今回はそんな方々のための企画ということもあって、同じ境遇の人同士、話が盛り上がります。

もちろん、白川村に長く住む村民と、移住者も交流。「冬には雪が2メートルも積もることもよくあるね」と、白川村の暮らしについて教える姿もみられました。

ある地区の区長さんからは「移住された方に子どもができて、地域がとても賑やかになって嬉しいよ」なんていう言葉も。

途中で席替えをはさんで、また新たな方同士が交わり合います。さらに、食事を取りに行ったついでに立ち話で話が盛り上がる方々の姿も見受けられました。

そして、大盛況のうちに移住者交流会は終了!最後は一本締めで終了です。

白川村に最近移り住んだ方々をはじめ、白川村民同士の交流がより広がり、深まった「移住者交流会」。移住者はもちろん、何十年も住む村民からも「ふだんなかなか関わらない人と話ができて、楽しかった」と好評でした。

今後も移住者交流会は定期的に開催される予定ですので、興味のある白川村民の方はぜひ参加してみてくださいね!

*今後の開催情報は村の広報誌や防災無線などでお伝えします。

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【郷暮らし手帖】消防団の操法訓練 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/shobodan-sohokunren2023/ Wed, 19 Jul 2023 08:24:44 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=3673 白川村で毎年6月第2日曜に開催される「白川村消防操法大会」。村の消防団員たちは、この大会に向け毎年5月中旬から約4週間、平日はほぼ毎夜訓練を行います。

今回は大会直前に行われるリハーサルである、「審査会」の様子を取材させていただきました!

この日はあいにくの雨でしたが、会場である寺尾の村防災グラウンドにはたくさんの消防団員が集まっていました。

村内の消防団は9チーム。この日の審査会にはそのうち4チームが参加し、順番に消防技術の審査を行います。白川村で消防団員となるのは、主に20〜40代の男性。チームごとに人数はさまざまですが、多いと10人程度、少ないと5人ほどのチームもあります。

消防ポンプ操法には、消防ポンプ自動車(消防車の代表的なもの)を使う「ポンプ車操法」と、持ち運び可能な小型動力ポンプを使う「小型ポンプ操法」の2種類があり、チームごとにどちらの操法を行うかが決まっています。

最初に始まったのは、ポンプ車操法の審査会。

ポンプ車に乗り込んだ団員たちが定位置で車を降り、整列。出場選手はゼッケンをつけていて「指」は指揮者、「1」「2」「3」「4」は1番員、2番員、3番員、4番員、「補」は吸管補助員とそれぞれ役割が決まっています。

点呼が終わると指揮者は「ただいまからポンプ車操法を開始します」と審査班長に報告。

さらに「火点は前方の標的、水利はポンプ車右側後方防火水槽……」と、火元や水のある場所を伝える号令を続け、「操作始め!」の号令で計測がスタートします。

まずは、ポンプ車に乗り込み、一連の動きを行ってから、ポンプ車から降りて消火活動へ!

3番員と4番員が吸水管(水槽の水を吸い上げるホース)をポンプと接続し、水槽へとつなげます。吸管補助員は、吸水管がしっかりと水槽から水を吸い上げられているかを確認。

その間、指揮者、1番員、2番員は「火」と書かれた標的までの約70メートルを全力でダッシュ!ホースを素早く引き伸ばします。1番員はホースの先端の器具をつなげ、準備完了。1番員から「放水始め」と伝えられた2番員は、先ほど走った道のりを再び走り、機械を操作をする4番員の元へ。

放水開始です!

入れ違いに3番員は火災時に窓やドアを破って放水するために使う「トビ口」を運び、操作します。そして2番員も、1番員の負担を軽減するため再び標的まで走り、放水。

懸命な消火活動により、見事標的が倒れました!消火活動はこれで終了です。

計測はここまでですが、最後の片付けまで審査に含まれます。迅速かつ規律を守りながら、ホースを片付け、ポンプ車に戻り、撤収していきます。

こちらは「小型ポンプ操法」の訓練。ポンプ車に乗り込む以外は概ね同じ流れですが、指揮者と1番員〜3番員、吸管補助員の4名で行います。

団員たちは、グラウンド中に響くほどの大きな声を威勢よく出し、きびきびと動き、全力でグラウンドを走り回ります。ここまでの一連の動きを身につけるには、確かに相当な練習が必要です。

今年入団した中部第1班の小洞(こぼら)琢摩さんは「まずは姿勢や敬礼や、団体行動の基本から覚えました。覚えることがたくさんあり大変ですが、普段は関わらない方と交流できておもしろいです」と語ります。

白川村消防操法大会で活躍する小洞さん(1番員)

白川村の消防団はレベルが高く、岐阜県の大会で優勝したこともあります。また2022年に荻町の「白川郷の湯」で火災が発生した際は、村内すべての消防団員が集結し、決死の消火活動を行いました。

合掌造り集落では一たび火災が発生すると集落が全焼してしまう恐れもあり、消防団の存在は合掌造りの家屋を維持していくためにも不可欠です。

さらにこうした連日の訓練のおかげもあって村民同士のコミュニケーションが図られ、移住やUターンで村に住み始めた人がコミュニティに入るきっかけにもなっています。

一方で、団長の下方健弘(したかたたけひろ)さんは「今は、家族の在り方やライフスタイルが多様化しているから、白川村でも時代に合わせたやり方を考える必要があるね」と課題も語ってくれました。

時代の流れに合わせながらも、村を火災から守る消防団の活動は、今後も大切な役割を果たしていくことでしょう。

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【レポート】南部地区村民運動会が開催されました! https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/nanbu-undoukai2023/ Tue, 13 Jun 2023 21:00:00 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=3574 2023年6月4日(日)、南部地区文化会館グラウンドで南部地区村民運動会が開催されました!

南部地区村民運動会は、白川村の保木脇(ほきわき)以南の地区で毎年6月の第1日曜日に開催される行事。昭和37(1962)年から続く歴史ある運動会で、地区の村民はほぼ全員が参加します。

2020年以降はコロナ禍で実施できていなかったため、今年は4年ぶりの開催!移住者や子どもたちの中には、運動会に初めて参加する人もいて、大人も子どももこの日を楽しみにしていました。

運動会当日は快晴で、とっても爽やかな青空が広がりました!開始時間が近づくと、会場であるグラウンドに少しずつ村民が集まってきます。

運動会では、ピースチーム(平瀬1〜4組)、ハッスルチーム(平瀬5〜8組)、帰雲城チーム(その他の地区)の3チームに分かれて競い合います。トラックの周りには、それぞれのチームがテントを立てて準備万端です!

そしていよいよ9時から、運動会がスタート!

大会委員長の新谷さゆりさんや来賓の白川村長のあいさつから開会式が始まり、ラジオ体操で身体をほぐしたら、いよいよ競技の始まりです!

運動会のプログラムは全部で13種目。障害物競走や綱引き、玉入れといった定番の種目もありますが、なかなか見慣れないものもたくさん…!

各競技は子どもだけなど、出場者の年齢が限定されているものありますが、それ以外のものは誰でも自由に参加してOK。各チームの陣営では、「次の種目に参加できる人いる?」といった声も飛び交います。

最初の競技は「一升瓶水入れ」。バケツに入った色水を小さな器で一人ずつ運び、早く一升瓶を満タンにしたチームが勝利となります。このゲームでは、見事ハッスルチームが勝利!

続いての競技は「のびたのびた」。こちらも聞きなれない種目ですが、段ボールから飛び出したさまざまな長さの紐の中から1本を引き、チームごとにどんどん紐をつなげていく競技です。全員の紐を繋げ終わった時に一番紐が長かったチームが勝ちとなります。

こちらは大人と子どもが2人1組で参加するのですが、おじいちゃん・おばあちゃんとお孫さんがいっしょに競技に挑む様子がなんとも微笑ましいです。

誰でも参加できる「あめ玉さがし」は大人も子どもも、飴を探すため、粉の入った器に思いっきり顔をつっこみます!粉で真っ白になった顔を見て、会場は大盛り上がりです!

その後もグラウンドゴルフに障害物競走、保育園児と大人が踊るダンスタイム、ちびっ子が参加するチャイルドレース、数字集め、子どもリレー、綱引き、玉入れ、パックン早い者競走(パン食い競争)など、定番の競技から、ユニークなものまで種目が続きます。

競技が白熱するなか、各チームの応援も気合十分!子どもたちが中心となってフラッグを振ります。

最後の種目は年齢別リレー。10代から50代までの男女1人ずつがリレーで競います。

走りなれている人も、運動は久しぶりな人も懸命に走りますが、少しづつ差がついていき…帰雲城チームが1着でゴール!

正午を過ぎ、すべての種目が終了!心地よい疲労感と満足感いっぱいで閉会式を迎えます。

そしていよいよ結果発表。途中からは裏返してあった得点ボードがひっくり返され…

今年の優勝は帰雲城チーム!最後のリレーの勝利が優勝につながりました。帰雲城チームのみなさん、おめでとうございます!

最後は、運動会開始前に引いた宝くじの抽選会を行い、運動会の全てのプログラムは終了。

参加者の皆さん、運営を務めた公民館委員の皆さん、お疲れさまでした!

小さな子どもはもちろん、学生さんからおじいちゃん、おばあちゃんまで、みんなが大いに張り切り、はしゃぎ、楽しむ南部地区村民運動会。

「コロナで地域の行事がすべてなくなり、果たしてこうした行事が必要なのかをこの4年間で改めて考えました」と開会式のあいさつで語った、大会委員長の新谷さゆりさん。

「でも地域の子どもたちが地域の行事を知らないで育っていくことはやっぱり寂しいですよね。この運動会は、歴史があるからでなく、価値があるから続けていきたいです!」と言葉を続けていました。

子どもも大人もいっしょになって、思いっきり楽しめる行事があること。それは、間違いなくここで暮らすことの価値の一つであり、ここにいる子どもたちもまた、大人になってからその意味を強く感じられるのではないでしょうか。来年の開催も、楽しみです!

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【対談/移住ってどう?】移住者、若者との交流 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/ijyuttedou03/ Tue, 31 Jan 2023 10:38:58 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=2836 移住に関するさまざまなテーマで対談する「移住ってどう?」。今回は、長年白川村で暮らし、移住者や若者をあたたかく見守っ てくれる“村のおばあちゃん” の佐藤さん、蟻原さんに、白川村の特徴的な相互扶助の精神「結(ゆい)」をはじめ、村民同士の助け合いや交流についてお話を伺いました。

佐藤 直子(さとう なおこ)さん

白川村小白川地区で生まれ、結婚を機に白川村荻町へ。呉服屋を経て、現在は「喫茶さとう」を切り盛りする。愛称は「なおちゃん」。

蟻原 基子(ありはら もとこ)さん

白川村鳩谷地区で生まれ育つ。かつては看護師や薬種商として働き、現在は役場近くでゲストハウス「Ant Hut」(アントハット)を営む。愛称は「もっちゃん」。

お二人は普段から移住者や若い方と交流されていますが、何かきっかけはあったのでしょうか?

佐藤:地域おこし協力隊の制度が始まった頃、よく協力隊の子がうちに訪ねてくれて、関わりができたね。

蟻原:うちのゲストハウスに「白川郷トヨタ自然學校」の就職試験を受ける子たちが泊まってくれてね。その子達が村に就職してからも、遊びに来てくれるんやよ。

蟻原さんが営むゲストハウス「Ant Hut」(アントハット)

具体的にはどんな交流があるのでしょう?

佐藤:「喫茶さとう」でアルバイトしてもらったり、インターンで村に来た大学生が荻町の店で働いてたときは、仕事が終わってからみんなでうちで夕飯を食べたり、料理が好きな子には白川村の郷土料理を教えたりもしたよ。

佐藤さんが営む「喫茶さとう」

蟻原:一緒に山菜採りに行って山でご飯を食べたり、ゲストハウスで話したりしてね。何でもない世間話だけど、嬉しかったことや悲しかったことをいろいろ語りあったんや。

佐藤:他人を自宅にあげることに驚く人もいるけど、特別なことは何もしてない。食事も漬物とか豆腐ステーキとか、簡単なものを食べてくれたよ。

蟻原:無理をすると続かないから、いつも自分が食べているもので、おもてなししないとな。

白川村の人は親切な方が多いですが、お二人は特に移住した方や若い人をあたたかく迎えていますよね。何か思いや考えがあるのでしょうか?

佐藤:昔は村が今ほど裕福じゃなかったけど、もっと「結」が強かったの。そのおかげで今の暮らしがあるから、すごく感謝してる。だから、これからも結が続いてほしいし、新しく白川村に来てくれた人とも心を通わせて、助け合っていきたいと思ってるの。

蟻原:自分が知らない土地で一人ぼっちだと寂しいじゃない?だから、移住してきた人の心の拠り所になればと思ってね。

佐藤:ちょっと困った時に「あのおばあさんに話を聞いてもらおう」と思ってもらえるといいよね。信頼できる人が周りにたくさんいるほど、その土地への安心感や愛着が生まれると思うよ。

蟻原:移住の取組みも、行政だけでなくて地域を巻き込んでやらないとね。移住してきた人が関わるのは、結局、地域の人だからな。

佐藤:世界遺産に登録された頃、村で講演会があって、その中で「白川村は“ピーマン”にはならないように」って言われたの。合掌造りの外側を守るだけではなくて、中身が空洞にならないように、とお話されて、それがすごく印象に残ってる。

蟻原:“中身”というのが、白川村だと結の精神や、助け合うことなのかもしれないね。

佐藤:移住する人も、やっぱり結を大切にしてくれる人がいいね。甘えたり、頼りっぱなしではなくて、一人一人やれることは自分でやりながら、それが茅葺き屋根の茅のように束になって、助け合える関係にできたらいいなと思うんや。

蟻原:今はだんだん結が弱くなっているから、改めて村民も助け合う心を育てないとね。移住した人に“よう来てくれた”って気持ちを伝えていかないと、って思うよ。

そういった心を育てるにはどんな取組みが必要だと思いますか?

蟻原:村の未来について、みんなで腹を割って話せる場があればいいなと思う。同じ思いの人が集まって、そこに移住してきた人も加わって、自分事として村のことを考える人が増えていくと、すごくいい村になると思うよ。

佐藤:昔からの白川村の良いところを大切にしながら、いい考えは取り入れることができると、もっと住み心地がいい村になっていくんじゃないかなあ。

ー飛騨日日新聞編集部も日頃からお世話になっている「なおちゃん」と「もっちゃん」。お二人に持参していただいたお茶やお菓子をいただきながら、和やかな雰囲気で取材も進められました。そして、取材後はなおちゃんのご自宅にお邪魔して手作りの稲荷寿司やお漬物もごちそうになりました。お二人のような“村のおばあちゃん”の存在は、新たに白川村で暮らしを始める方にとっても、きっと心強いことでしょう。

今回の対談会場

今回、対談を行った会場は、飛騨日日新聞の拠点である白川村荻町の白川郷合掌文化館(旧松井家)。取材を行った11月の終わりは、ちょうど雪囲いが終わり冬の支度が整っていた。

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【対談/移住ってどう?】移住と空き家 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/akiya-yaotsu/ Fri, 07 Oct 2022 10:14:54 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=2215 移住に関するさまざまなテーマで対談する「移住ってどう?」。今回は、空き家対策を積極的に行う岐阜県八百津町(人口約1万人)に、白川村役場の職員と村内の移住事業に取り組む一般社団法人ホワイエのスタッフが伺いました。

小島将司(こじままさし)さん

八百津町役場地域振興課。空き家バンクの管理や記事の執筆を担当。

小関弘翔(おぜきひろと)さん

白川村役場観光振興課。村の移住施策や空き家対策を担当。

柴原孝治(しばはらこうじ)さん

一般社団法人ホワイエ代表理事。村からの委託で移住関連事業を行う。

八百津町の空き家に対する取り組みは?

小関:八百津町の空き家バンク「ほぼ山不動産」では空き家が上手く流通していると感じますが、どう取り組まれたのでしょう?

小島:ありがとうございます!本格的に取組みを始めたのは2016年です。まずは建設課と協力して水道メーターが止まっている家を洗い出し、通知を送りました。実際に目視でも確認し、地図にチェックを入れて、一軒一軒地道に。

小関:実際に見て回るのはどれくらいの期間がかかりましたか?

小島:1年目は1ヶ月くらいですね。現在は毎年家主宛に納税通知と一緒に空き家バンクのチラシとアンケートを送っています。

小関:白川村でも全世帯に空き家の所有を確認するアンケートを実施していますが、空き家バンクは住民の申し込みがベースで、登録という流れになっています。住民が所有する物件が空き家かどうかはこちらでは最終判断ができないですよね。

小島:そうですね。私たちも何度か訪問して、空き家かどうかを確認しています。実は住人がいる、ということもありますね。

柴原:白川村でも広報などで周知していますが、納税通知と一緒に送ると、村外の所有者にも届くのがいいですね。アンケートの内容も、空き家バンクへの登録を導くような形になっていて、効果的だなと感じます。

小関:実際に返信はどれくらいあるでしょう?

小島:返信は約半数来ますが「空き家ではない」という回答も多いです。空き家バンクへの登録を検討しているのは4分の1くらいですかね。

柴原:それでも多いですよね。実際、空き家の掲載数も多いですし。物件や土地の情報がわかりやすく紹介されていますが、どなたが書かれているんですか?

小島:現在の掲載数は、累計200軒近くになりましたね。記事は担当職員が書いていますがなかなか大変ですね…!(笑)

小関:町内で「空き家の対策をしてほしい」という声があったわけではなく、役場から働きかけて空き家バンクが始まったと伺いました。

小島:そうですね。でも、最近は実績ができてきたので、住民からの情報提供が増えました。

小関:空き家の選択肢があると移住希望者にとってもメリットになりますよね。実際に移住の問合わせは増えましたか?

小島:増えましたね。ここ数年は年間150件前後あります。

小関:多いですね!白川村も移住相談はありますが、紹介できる物件が少ないのが課題です。人口が年々減少しているので何か手を打ちたいと危機感は持っているんですが…。

小島:でも、白川村は全国的にも知名度が高いので、注目されるのではないですか?

小関:観光地としては有名ですが、生活する場所としてはなかなか…。だからこそ、まずは住む場所を整えたいです。

移住者が住みやすい物件は?

柴原:八百津町は賃貸の物件は多いんですか?

小島:家主さんにメリットがあまりないので、少ないですね。

小関:でも実際、移住していきなり空き家の購入というのはハードルが高いですよね。

柴原:特に、女性が移住して一軒家で暮らすことは厳しいなと感じます。高齢の方も、一軒家で一人で暮らしていくことは大変ですし、何年後かには空き家になることも考えられますよね。

小島:高齢の方も、一軒家で一人暮らしするよりも、ワンルームくらいの程よい広さの家に移り住んで、空いた家は他の人に住んでもらう方がいいのでは、とも考えます。

柴原:移住体験ができるシェアハウスは滞在できる期間が決まっていますが、その後に移り住める家がなかなかすぐに村内では見つからない状況です。本当はシェアハウスから次のステップに移ってもらって、定住してもらえるといいですね。

地域と移住者の関わり方

小関:白川村でも一人で暮らしやすい賃貸住宅の誘致を考えていますが、アパートなどができて、地域に知らない人が移り住むことに抵抗がある方も多くて。

柴原:白川村は村民と行政の距離が近い分、一人一人に柔軟に対応してもらえる部分は良いところだなと思いますが、一方で、すぐにメリットを感じにくい移住政策のような取組みは、抵抗感がある方がいると進めにくいかもしれませんね。

小島:そうなんですね。八百津町も地域によって色々ですが、抵抗を持たれる方もいますよ。やっぱり初めのうちは見知らぬ人が歩いていると住民も戸惑っていましたけど、移住者が多く暮らす地域ほど、抵抗感は薄れていったかなと思います。

小関:家賃や通勤に対しての助成、分譲地の造成など、移住に向けた制度は色々と整えていますが、まずは住む場所を確保したいので、村民の理解を進めていきたいです。

小島:白川村は制度が充実していて、こちらも今回勉強になります。

小関:それと、移住希望者はゆっくり自然の中で暮らすイメージをする方もいるんですが、実際は地域の活動が忙しいことも多くて。八百津町の移住者でもそのようなことはありますかね?

小島:うちでも同様のことはあるので、移住者には事前にしっかり説明して、まずは「先に挨拶するように」と伝えています。意外と移住者は喜んで、地域活動をされているみたいです。地域の方も徐々に移住者に慣れてきていますね。白川村では色々と前向きに進められているので、移住にも徐々に結びついていくのではと思います。

小関:私たちも八百津町の取組みを聞いて、参考にできそうなアイデアをたくさんいただけました。まずは空き家の把握に向けて動いてみます。本日はありがとうございました!

今回の対談会場

岐阜県加茂郡八百津町の役場にて実施。八百津町では、物件をわかりやすく紹介する空き家バンク「ほぼ山不動産」や、地域おこし協力隊のミッションを町での起業とするなど、特色ある移住施策を行っている。

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【座談会】豪雪と闘い暮らしを守る、白川村の建設会社 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/kensetsu/ Tue, 13 Apr 2021 10:40:47 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=1057 多いときには人の背丈を優に越える2メートル以上もの積雪を記録する豪雪地帯白川村。延々と降り積もる雪で村一帯が覆われます。そんな冬の村の生活道を守るのは、村内8社の建設会社。毎年初雪が降る11月から3月上旬には、土木の仕事を休み、除雪作業に専念します。除雪の裏話や赤裸々なトークが満載の、建設会社3社による特別座談会をお届けします。
[プロフィール](写真左から)
沢田康仁(さわだ・こうじ)/ 沢田建設株式会社
中森孝博(なかもり・たかひろ)/ 御母衣建設株式会社
坂次正行(さかつぎ・まさゆき)/ 小坂建設株式会社

まず初めに自己紹介をお願いします。

沢田 沢田建設の沢田康仁です。除雪歴は26年かな。

中森 御母衣建設の中森孝博です。除雪歴は20年くらいです。

坂次 小坂建設の坂次正行です。僕は高速の除雪をしていたことはありますが、白川では除雪歴3年。まだ初心者マークのほやほやです(笑)。うちは除雪をするのは1人で、誰も教えてくれる人はいないので、現場に出て勉強中です。

沢田 それはすごいな! 1人なんや。

坂次 ずっと気が張ってるから、すごく疲れるよ。孤独との戦い。その分の責任感はある。誰のせいにもできないからね。

沢田 最初の頃は緊張したよなあ。一人前になるまではどれくらいかかったかな?

中森 1人で任せられるのは5年かな。除雪車には誰でも乗れるけど、雪の状態や道路のことを覚えるとなると5年ですね。いろんな雪の降り方を経験してね。

沢田 数えられないくらいのパターンがあるよな。

中森 みんな自分の担当区域は目をつぶってでもできるんじゃないかと思うくらい、ガードレールや道路標識の位置とか全部把握してますね。

沢田 自分の担当区域は完璧に把握しているけど、他の区域はようやらんね(笑)。

除雪は何時からスタートしますか?

沢田 朝3時に起きて、雪の状態を確認してみんなに電話で出動の連絡をする。除雪作業がスタートするのは4時くらいかな。

中森 うちは3時出発。2時に起きて、現場を一通り確認する。御母衣から荘川まで行くんですけど、一度行って帰ってきて積雪の状態を確認したら、みんなを電話で起こす。

坂次 うちもそれくらいだな。基本的には、担当区域が通勤や通学の人が通行し始めるまでに終わるように。そこから逆算して、雪の量によって3時の日もあれば、4時の日もある。

沢田 沢田建設の担当区域は白川郷学園の通学路が含まれているから、特に子どもたちのことが気にかかる。もし、歩道が雪で通れなくて、子どもが車道に出でしまったら事故にもつながるから。

坂次 スクールバスが通るまでには絶対仕上げるようにしてるな。

中森 どうしても間に合わない時はひとまず1車線を開けるんです。片道15kmくらいの区間だから、全部やってると間に合わないんですよね。

それだけ朝が早いと生活のリズムも変わりますよね。

沢田 冬の期間だけは完全に除雪に合わせた生活リズムになりますね。

中森 21時にはもう寝てしまうかな。

坂次 天気予報で翌日降らないとわかったときは爆睡ですよ(笑)。

中森 大体、Yahooとお天気.comとウェザーニュース、3つのお天気アプリを確認して、あとはその時の振り方を見ればだいたい翌朝の積雪の様子が想像つく。年によって当たるアプリが違うんだよね。

沢田 でもさ、毎日起きてると除雪ない時でも目覚めるよな(笑)。目覚ましより先に起きちゃう。

中森 わかる、わかる。この感覚がもとに戻るまでは1週間くらいかかるんだよね。曜日感覚もなくなる。

沢田 冬の時期は決まった休みはないし、今年は大晦日も正月も出動してたもんなあ。

中森 僕は過去に家族旅行中に大雪になることが分かって、目的地に着いてすぐに除雪のために一人だけ帰ってきちゃったことがあるよ。もうお父さんとは旅行行かないって言われた(笑)。

白川村の除雪の技術力は非常に高いと聞きました。

中森 直接言われたことはないけど、白川は除雪がきれいみたいだよね。10年くらい前までは業者間で差があったけど、最近はどの業者でも技術力がかなり高い。

坂次 それはあるかもしれない。アスファルトが見えるまで除雪するところは他の地域ではほとんどないんじゃないかな。

沢田 僕は高山出身だけど、高山と比べても全然違う。でも、それは技術力の高さだけではなくて、雪を捨てる場所があるからだと思うんだよね。

中森 高山には雪捨てる場所がないもんね。

沢田 そうそう、除雪をしても雪を除ける場所がないから沿道に溜まっていってしまう。その点、白川は田んぼや使っていない土地を村民が無償で提供してくれるから、僕たちも雪を捨てに行けるんだよね。

除雪を続けられている原動力はなんですか?

中森 それはもう仕事だからとしか言いようがないよなあ(笑)。

沢田 村のみんなの生活に直結するから休むわけにはいかない。

坂次 村民の生活を守るという、使命感かな。

沢田 昔は40歳も過ぎれば、除雪作業は若手に世代交代できたけど、今はもう平均年齢が40代くらいになってきている。人数が多かった時は交代制でできたけど、今は1人が12時間除雪し続けることも少なくない。会社も減ってるから担当区域も広くなったしね。

中森 そもそも建設業界に入ってくる若い人がいないですよね。飛び込んできたとしても、経験がいるから時間がかかる。大変な仕事だけど、みんな責任感を持ってやっています。どんなに夜中に電話しても電話に出る。中には寝ぼけている人もいるけど(笑)。

沢田 そうやな。昔に比べれば機械がよくなって、ずいぶんと除雪しやすくなってるから、僕は結構楽しんで乗ってます。除雪中に子どもたちが手を降ってくれたり、地域の方が温かい缶コーヒー差し入れてくれることとか、励みになりますよね。今年もあともう一息かな!

みなさん、本日はありがとうございました!

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料理宿 御母衣 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/ryorijyuku-miboro/ Wed, 07 Apr 2021 06:03:03 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=1141 築80年の古民家で、家族代々営む宿

お一人でも、ご家族でも。ゆっくりと流れる時間。

四季折々の郷土の素材を味わって

白川村御母衣地区で昭和34年から旅館業を営む「料理宿 御母衣」。御母衣ダム建設の真っ只中に、ダム建設により移築された山師の邸宅で「御母衣旅館」として創業しました。現在は三代目の日下部 円(まどか)さんと父、忠さん、女将の栄美子さんが親子で宿を切り盛りしています。

築80年の古民家で、家族代々営む宿

料理宿 御母衣があるのは、白川郷合掌造り集落から庄川に沿って車で20分ほど南に下りた地域。季節とともに移り変わる景色や、ダム湖である御母衣湖など、世界遺産集落とはまた違った魅力が楽しめます。

創業当時は御母衣ダムの建設に携わる就業者の流入によって「御母衣銀座」と呼ばれるほど賑わった地域で、旅館もいくつかありましたが今ではここだけになりました。

3代目の円さんは2年前に屋号を「御母衣旅館」から「料理宿 御母衣」に改め、心機一転、宿に新たな歴史を刻み始めています。

お一人でも、ご家族でも。ゆっくりと流れる宿での時間。

宿泊客を朗らかな笑顔で出迎えてくれるのは女将の栄美子さん。

「どうぞゆっくりしていってくださいね」。

初めて訪れても懐かしい気持ちになるような温かい雰囲気に、自然と心がほぐれます。

まだまだ現役で活躍中の栄美子さんですが、これから先も長く宿を続けていくために跡継ぎも募集中とのこと。

客室は全部で8部屋。全て和室で、8畳1間から20畳以上ある2間の部屋まで様々なタイプがあり、お一人でもご家族でも心地よく過ごせます。

リモートワークの急増により、最近はビジネス利用のお客様も多く、ビジネス向けの宿泊プランもスタートしました。

新型コロナウイルスの影響で綱渡りの日々が続く中、より安心して宿泊できるようにリニューアルしたのが浴室。「藍の湯」「翠の湯」「奥の湯」の3つの個室に分け、それぞれを貸し切りで利用できるようになりました。

ゆっくりと流れる宿での時間を満喫してほしいと、客室以外の空間も充実しています。

縁側のグリーンカフェではセルフサービスのコーヒーとともに雄大な景色を楽しめます。

さらにのんびり過ごすには喫茶処がおすすめです。

囲炉裏を囲んで、昭和の雑貨や道具、古本など珍しいものがたくさんあって、まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのような気分になります。

四季折々の郷土の素材を味わって

さて、のんびりと過ごしているうちにお待ちかねの食事の時間に。

“料理宿”を屋号に掲げて2年、円さんが日々極め続ける料理が御母衣旅館の何よりもの魅力。

今回ご紹介するのは一番人気の「御母衣会席プラン(一泊二食付)」です。


[2021年3月1日の献立]
口取り/飛騨牛湯引分葱酢味噌射込み、菜花辛子醤油和え 龍眼玉子、スモークチーズ磯揚げ、スナップエンドウ、零余子バター風味
お造り/金沢の湯葉、妻一式、卸生姜
蓋物/飛騨豚煮込みポテトソース掛、人参、ブロッコリー添え
焼物/飛騨牛朴葉焼き、酢取り茗荷
酢物/サーモンハラス卸ポン酢和え、刻み大葉
揚物/胡麻豆腐揚出汁、卸大根、小口葱
蒸物/蓮饅頭飛騨牛時雨煮射込み、亀甲餡、天盛山葵
皿盛り/ぜんまい、木耳、白木耳、独活、あずき菜荏胡麻和え
食事/白川郷産あきたこまち、お漬物、お味噌汁
水物/さくら玉子と飛騨牛乳のプリン

円さんが腕によりをかけて振舞う料理は、四季折々の郷土の素材をできる限り盛り込んであり、季節やお客さんの好み、その日の仕入れの状況によって仕込みをするため、献立はその日限り。

日本料理ならではの繊細さがあり、彩り鮮やかで、運ばれて来るたびに思わず笑みが溢れ、ひとつひとつじっくりと味わっていると、食べ切ってしまうのが惜しくなるくらい大満足のお料理です。

「料理宿と名乗るからには、もっと料理を極めなければというプレッシャーもあります。一番大切にしているのはお客さんの気持ちになって料理を作ることです。日々勉強ですね」。

父、忠さんから受け継いだ料理を活かしながら、自分の料理を確立することが円さんの当面の目標だといいます。

円さんは、リピーターのお客さんなら、好みに合わせて献立を考えたり、初めてのお客さんでも話したときの印象や年代、性別などから、量や献立の内容を調整して、お客さんに一番喜んでもらえる料理を提供することを心がけています。

翌朝の朝食は煮物やお浸しなど、小鉢がたくさん並んだ賑やかな和食。七輪の上には飛騨地方の郷土料理、朴葉味噌も。野菜がたっぷりで朝から元気がみなぎります。

料理のファンも多く、要望があるときには昼ご飯のお弁当を準備することもあるのだそうです。

日下部さん親子のおもてなしの心が、空間や料理からたっぷりと伝わってくる「料理宿 御母衣」。

家族代々受け継いできた歴史を大切にしながらも、時代に合わせて柔軟に変化しながら、これからもお客さんとともに歩んでいきます。

料理宿 御母衣

住所/岐阜県大野郡白川村牧126-3

WEB/https://mibororyokan.com/

Instagram/@miboro_316

*女将の跡継ぎ募集中です!

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【ばあちゃんの味】新谷とき子さんの「じんだと田舎料理」 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/aratanitokiko/ Wed, 23 Dec 2020 03:02:30 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=688 料理自慢の村民の“食卓”にお邪魔します!
ばあちゃんの味 1軒目 | 新谷とき子さんの「じんだと田舎料理」
じんだ / 野菜の天ぷら / 冷奴 / 茶碗蒸し /じゃがいもの甘辛煮/漬物/お浸し/イワナの塩焼き・刺身/わらびの白和え/煮物/栗きんとん/干し柿/くるみ

木谷地区で民宿「白弓荘」を営む新谷とき子さんの自慢の料理は白川村南部に古くから伝わる「じんだ」と、季節の素材をふんだんに取り入れた田舎料理。

どの料理も味付けや火加減は長年の経験が頼りです。

野菜は畑で、山菜は近所の山で、イワナは池の庭で。とき子さんは白川村の豊かな自然の恵を丁寧に料理して宿泊客にふるまいます。

「白川村の自然が大好きで、こんな環境でやりたいことができているのがとても幸せ。ハイカラではないけど、時間と手間を欠けた料理が好きなの。」と、とき子さんは楽しそうに料理について語ってくれました。

白川村南部に伝わる「じんだ」は、前日から水につけてふやかした豆をふっくらと煮て、石臼でゆっくりとすり潰し、塩と砂糖、辛子を加えて煮て、しんなりと煮た大根を和えた郷土料理。

主に年に一度、報恩講の法要で親戚が集まるときに食べられます。

しかし、現在ではつくれる人は少なくなってきており、村民でも食べたことがないくらい貴重な料理です。

滑らかな舌触りと優しい甘さのなかにほのかに香る辛子、大根の歯応えが病みつきになり、気がつくとついつい手が伸びます。

新谷家では報恩講の法要で親戚が30人から40人集まるため、その時は一升ものじんだを一度に仕込むのだとか。

とき子さんは現在76歳。今から55年前、昭和40年に福井県の山奥から白川村木谷の新谷家に嫁ぎ、ご主人の保雄さんとご結婚されました。

石臼は嫁入り道具として母親から受け継ぎ使い続けているもの。木製の取手にはお母さんの手のかたちが残っているといいます。

この日はご主人の保雄さんと一緒に、この石臼で1時間かけて豆をすりつぶし、じんだを振る舞ってくださいました。

白弓荘の宿泊客からのメッセージを綴じたファイル。

「今は死ぬのがこわいくないくらい毎日が幸せ。今振り返ってもこの木谷という場所に縁があったんやなと思います。」と、とき子さん。

とき子さんにとって、心を込めた料理を食べて喜んでもらうことが元気の秘訣なのかもしれません。

ここがこだわり!

「石臼で豆をすりつぶす時は慌てずゆっくりと。急ぐと粗くなってしまって舌触りがよくないの。それから私は、少し値は張るけど青豆を使います。白豆よりも色も味もよくなるからね。」

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徹底した安心・安全、白川村の新しい特産「結旨豚」 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/yuiumabuta/ Fri, 18 Dec 2020 02:18:52 +0000 https://www.vill.shirakawa.lg.jp/hidanichi/?p=635 はじめまして「結旨豚」です!

徹底した安心・安全の集大成

地域に根ざした新しい特産に

白川村に今年新しく誕生した養豚場「吉野ジーピーファーム 白川農場」。最新の設備を取り入れ、安心安全にこだわり抜いて育てられる「結旨豚(ゆいうまぶた)」は、さらりとした脂身が特徴のブランド豚です。11月半ばには初出荷を迎え、村の新しい特産品として期待を集めています。

はじめまして「結旨豚」です!

吉野ジーピーファームの白川農場長を務める吉野隆さん。白川農場オープンに伴って白川村に移住し、おいしい結旨豚を育てるために日々奮闘中。

今年、白川村に新しい特産品が誕生しました!

白川郷の清らかな水と米で育ったブランド豚「結旨豚」です。

岐阜県高山市と中津川市で養豚場を経営する「吉野ジーピーファーム」が村に誘致され、飯島地区にオープンした養豚場「白川農場」。

2.3ヘクタールという広大な敷地に建てられた7棟の豚舎で、徹底した衛生管理のもとに育てられる結旨豚に大きな期待がかけられています。

吉野ジーピーファーム代表取締役吉野毅さん(右)と三男で白川農場長の隆さん(中央)、妻の聡子さん(左)。

高山市に本社がある吉野ジーピーファームはこれまで、高山市で「飛騨旨豚」、中津川市で栗を食べさせて育てる「栗旨豚」の飼育を手がけてきました。

今年6月にオープンした白川農場では、村の清らかな水と米を与えて、徹底した衛生管理のもとに育てるあっさりとした脂身が特徴の「結旨豚」を飼育し、村の新たな特産品としてブランド化することを目指しています。

現在は4千頭の結旨豚を飼育しており、将来的には7千頭まで飼育することが可能です。

徹底した安心・安全の集大成

この白川農場の一番のこだわりはなんと言っても徹底した衛生管理。

豚は非常に病気にかかりやすい生き物で、牛や鶏の何倍も神経質な衛生管理が必要です。

吉野ジーピーファームでは、平成元年の創業以来、独自のハード整備を取り入れ、安心安全にこだわり抜いてきました。

中でも新しくオープンした白川農場は、吉野ジーピーファームの安心・安全への取り組みの集大成と言えるほど、ハード整備に力を入れています。

実際に白川農場では、どのように結旨豚が育てられているのか、見学に訪れました!

入退場の際には、車ごとシャワーで洗うだけでなく、持ち込む物品や豚の飼料も全て消毒し、見学者はシャワーを浴びて指定のつなぎに着替え、場内を移動する際も手指はもちろん、長靴の消毒や履き替えも徹底しています。

農場では人工授精から出荷まで一貫して豚の飼育が行われていました。

人工授精室は場内で最もクリーンに保たれている場所。タネ豚から精子を採取し、人工授精させます。

生後2〜3日の子豚が飼育されている分娩室では、寒さに弱い子豚のために床暖房が設置されています。

また、離乳室には、常に村内にある下田トンネルから引いた新鮮な水を飲むことができる設備も。

場内の設備はすべて、出荷される生後150日までの間、結旨豚がすくすくと元気に育つことを第一に考えられた設計になっているのです。

分娩室では子豚がごくごく母乳を飲んでいます。

飼育されている豚たちは見るからにとても元気そうで、豚舎に人間が立ち入ると興味津津で近寄ってくるほどでした。

そして、安心・安全のためのもう一つのこだわりは、生まれてから出荷するまで抗生物質・合成抗菌剤を一切使用しないで飼育すること。

安心・安全というだけでなく、飼育環境も徹底してこだわり抜くことで、さっぱりとした旨味の、おいしい豚が育つのです。

さらに、白川農場ではおいしい豚を育てるためだけでなく、豚の糞尿の処理においても最新のシステムを取り入れることで、匂いを抑え、堆肥にして農地に還元するなど、地域の環境問題にも最大限に配慮しています。

地域に根ざした新しい特産に

「養豚場のオープンにあたって、白川村の方々にはとてもお世話になりました。ぜひとも、『結旨豚』を白川村の新しい名物として定着させ、地域貢献ができれば嬉しいです。まずは、地域の方に結旨豚を食べていただきたいですね」と吉野ジーピーファーム代表取締役の吉野毅さんは話します。

そこで、まずは村民のみなさんに結旨豚のおいしさを知っていただく機会として、12月19日に村内の飲食店や旅館が結旨豚を調理したさまざまな料理が味わえるイベント「ぶたフェス」が民家園にて開催されます!

ぜひ、様々なおいしい料理を実際に味わって、結旨豚の魅力を感じてください。

ぶたフェス

開催日:2020年12月19日(土)11:00〜14:30

会場:野外博物館 合掌造り民家園 広場(白川村荻町2499)

吉野ジーピーファームでは、結旨豚をそのまま出荷するだけでなく、今後はフランクフルトやレトルトカレーといった加工品も展開し、テイクアウトやお土産としても、多くの人に結旨豚を気軽に楽しんでもらうことを目指していくそうです。

白川村の新たな特産品として注目を集める「結旨豚」のこれからの展開にも目が離せません!

吉野ジーピーファーム 白川農場

住所:岐阜県大野郡白川村大字飯島字下田1129

電話:05769-6-3311

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