最終更新日:2013年02月13日
[くまとりぎんしろう]

熊とり銀四郎

昔、馬狩(まがり)に、銀四郎という熊とりの名人がおった。四角い赤ら顔をした、六尺*1あまりの大男で、大変な力持ちであった。みんなから「熊とり銀四郎」と呼ばれ、その名は近くの村々にまで、よく知れわたっていた。

*1:[六尺]約百八十センチメートル。

ある年の三月の末、銀四郎は、ひとりで三方岩へ熊とりに登った。三方岩から野谷荘司(のだにしょうじ)へ行く途中で、昼めしをとることにした。よく晴れた日で、馬狩の里が手にとるようによく見えた。

しばらくすると後ろの方からガヤガヤと人の話し声がして、やがて五、六人の中宮*2の猟師たちが登ってきた。

*2:[中宮]現在の石川県中宮温泉

「でかい熊やったなあ」

「こんなでかい熊は、はじめてや」

「山の主(ぬし)でないか」

「そやけど、うまいことしとめたもんやなあ」

猟師たちは熊の皮をはぎ、肉をわけて、重そうにかついでいた。そして熊をしとめるための槍を杖にして、銀四郎の休んでいるところへやって来た。

銀四郎は、「どでかい熊をとったそうじゃが、ちょっと見せてくれんか」と、たのんだ。中宮の猟師たちは、自慢げに荷を背からおろして、ひろげて見せてくれた。

熊とり銀四郎 その1

なるほど、自慢するだけあって毛並、つや、ともにそろった大物だった。さすがの銀四郎も目を見はった。見とれているうちに、この毛皮が無性(むしょう)にほしくなった。

そこで、中宮の猟師たちのちょっとしたすきを見て、さっとその熊の皮を尻にしき、切り立った山はだを雪けむりをたててすべりおり始めた。

熊とり銀四郎 その2

おどろき、怒った中宮の猟師のひとりが、手にした槍を銀四郎めがけて投げつけた。しかし、目もくらむような急斜面だから、すべりおりる方もはやい。

熊とり銀四郎 その3

銀四郎は、途中で一度ヒョイと立った。その股の間を槍が、猛烈な勢いでくぐりぬけようとした。銀四郎はすばやく槍をひっつかみ、雪けむりと共にすべりおりていった。

中宮の猟師たちは、この命がけの冒険をあっけにとられて見下ろしていた。

やがてわれにかえると、腹のたつのも忘れて、銀四郎の度胸の良さをほめたたえたと言われている。


おわり