昔、馬狩(まがり)に、銀四郎という熊とりの名人がおった。四角い赤ら顔をした、六尺*1あまりの大男で、大変な力持ちであった。みんなから「熊とり銀四郎」と呼ばれ、その名は近くの村々にまで、よく知れわたっていた。
*1:[六尺]約百八十センチメートル。
ある年の三月の末、銀四郎は、ひとりで三方岩へ熊とりに登った。三方岩から野谷荘司(のだにしょうじ)へ行く途中で、昼めしをとることにした。よく晴れた日で、馬狩の里が手にとるようによく見えた。
しばらくすると後ろの方からガヤガヤと人の話し声がして、やがて五、六人の中宮*2の猟師たちが登ってきた。
*2:[中宮]現在の石川県中宮温泉
「でかい熊やったなあ」
「こんなでかい熊は、はじめてや」
「山の主(ぬし)でないか」
「そやけど、うまいことしとめたもんやなあ」
猟師たちは熊の皮をはぎ、肉をわけて、重そうにかついでいた。そして熊をしとめるための槍を杖にして、銀四郎の休んでいるところへやって来た。
銀四郎は、「どでかい熊をとったそうじゃが、ちょっと見せてくれんか」と、たのんだ。中宮の猟師たちは、自慢げに荷を背からおろして、ひろげて見せてくれた。
なるほど、自慢するだけあって毛並、つや、ともにそろった大物だった。さすがの銀四郎も目を見はった。見とれているうちに、この毛皮が無性(むしょう)にほしくなった。
そこで、中宮の猟師たちのちょっとしたすきを見て、さっとその熊の皮を尻にしき、切り立った山はだを雪けむりをたててすべりおり始めた。
おどろき、怒った中宮の猟師のひとりが、手にした槍を銀四郎めがけて投げつけた。しかし、目もくらむような急斜面だから、すべりおりる方もはやい。
銀四郎は、途中で一度ヒョイと立った。その股の間を槍が、猛烈な勢いでくぐりぬけようとした。銀四郎はすばやく槍をひっつかみ、雪けむりと共にすべりおりていった。
中宮の猟師たちは、この命がけの冒険をあっけにとられて見下ろしていた。
やがてわれにかえると、腹のたつのも忘れて、銀四郎の度胸の良さをほめたたえたと言われている。
おわり