荻町村(おぎまちむら)に吉三という男が住んでいた。夏場は百姓で、冬場になると猟師として、山野を駆(か)けめぐる、とても元気な男だった。
吉三は獲物をもとめて、千蓋岩(せんがいわ)あたりで狩りをしていた。突然、岩穴から一匹のキツネが飛(と)び出した。

「しめた! 毛並のいいやつじゃわい」
吉三は、急いで弓に矢をつがえてねらったが、キツネは雪の上をかるがると走り、川をとびこえて向こう岸へ逃げた。逃がすものかと吉三も川を渡って追いかけた。足あとだけを残して逃げるキツネを追って、神谷(かみだに)の里まできた吉三は、与衛門(よえもん)の蔵(くら)のえんの下でキツネの足あとがとぎれているのを見とどけた。
「ようし、もう逃がさないぞ。出てきたところをねらってやろう」
そう思った吉三は、そばの小屋のかげに隠れてキツネの出てくるのを待った。
しばらくして、うしろに人の気配(けはい)がしたのでふり向くと、美しい着物を着た色白のきれいな女が立っていた。今まで見たこともないような美人だった。にこっとした女の顔を、吉三は「ボーッ」として見とれていた。
やがて女は、手まねきするように、川の方へ歩きはじめた。吉三もふらふらと女の後についていった。川辺の大きな岩の上に立った女は、いきなり身をひるがえして川の中に「ドボーン」と飛び込んでしまった。やっとで我にかえった吉三は、
「おーい! おーい」
と大声で女を呼んだ。とそのとき、大地がぐらぐらとゆれ動き、川の水がもり上がって、吉三は川の中にひきこまれてしまった。

この大地震によって、保木脇(ほきわき)にあった帰雲城(かえりくもじょう)はいっしゅんにくずれて落ち、町をうめつくしてしまった。荻町村でもおおかたの家がつぶれてしまった。
最近まで、千蓋岩のあたりを通ると、川向いの神谷の方から風にのって、
「おーい、おーい」
という吉三のさけび声が聞こえてきたということだ。
おわり